往診時に「変わりないね」で済ませられて
- mamoru segawa
- 3月22日
- 読了時間: 6分
更新日:4月12日
メッセンジャーナースの活動の紹介です。医療総合媒体の日経メディカルで、連載「患者と医師の認識ギャップ考」を展開していました。日経BPの了承が得られましたので、シリーズで掲載していきます。
第2回は、原田 典子さん(原田訪問看護センター、山口県)の記事です。テーマは「往診時に「変わりないね」で済ませられて」です。
往診時に「変わりないね」で済ませられて
原田 典子(原田訪問看護センター代表、山口県)
2016/07/05
認知症の98歳の母親を50歳代の息子が介護して10年。初めは食事も自分で取れていた母親が、次第に誤嚥を繰り返すようになって、認知症も進み意思表示は全くできない状態です。介護している息子さんはこの10年、「少しでも長く生きていて欲しい」と思うようになっていったそうです。
普通の食事が食べられなくなって2年。医師の処方で経腸栄養剤(商品名ラコール)にトロミを付けて口から食べさせることを頑張っておられました。この間、母親には肺炎での自宅加療や入院も何回かあります。医療者からは胃瘻増設の勧めがあったそうです。その一方で、この年で胃瘻を作ることはリスクがあるからやめた方が良いという意見もあり、どちらがいいのか迷ったそうです。結局、自分の願いを伝えられない母親のことを考え、胃瘻を作ったりすることは「したくない」と思われていました。
このような中、訪問看護の依頼があり、私が関わらせていただくことになりました。
最初の訪問時に、1食(ラコール200mL)に掛る経口摂取時間が2時間であることが分かりました。時折、ムセもありました。かなりご本人は疲れておられることが私には見て取れました。でも、一生懸命な息子さんは、食べさせることの方が重要で、母親の体力の消耗には気付かれておられない様子でした。息子さんも必死でした。 訪問時には、息子さんの思いをしっかり聴きました。2時間も掛けて食べさせる思いからは、「生きていて欲しい」という願いが理解できました。また、「口からしか栄養を身体に入れる手段がない」ために、頑張って口から入れておられることも分かりました。
医療者の考えを押し付けられた?
私が訪問看護に入ったのと同時に、主治医の変更がありました。以前に受けていた訪問看護が母親に合わない、主治医に信頼が持てない、などが変更の理由でした。息子さんは納得いくまで質問される方で、訪問看護が母親に合わないというより、息子さんの質問に訪問に訪れた看護師が応えてくれなかったというのが本当の理由のようでした。息子さんは「自分たちの考えを押し付けられるように感じた」と話しました。
また、主治医は母親の病状説明をほとんど行わず、往診時に「変わりないね」で済ませられていたというのです。薬についても説明を受けていないのに、処方内容が変わっていても訪問看護師のフォローもなく、不満と不安を抱える中、不信感が増したようでした。
私は、新しい主治医と栄養確保の手段について話しました。主治医は「胃瘻が一番良い手段であろうが年齢を考えると難しい。しかし、今のままでは誤嚥し肺炎を繰り返す危険性が非常に高い」との見解でした。しかし、新たな方法についての提言は、ありませんでした。
現在の医療事情からすると逆行しているかもしれませんが、息子さんの思いを叶え、母親の安楽を考えた上で、私の中で経鼻経管栄養の方法が浮かびました。チューブの径も大変細い物があるし、ご本人の違和感を最小限にするために、最初は小児用の物を使うなどの方法もあるので、息子さんと再度、話をしました。
このまま、経口から食事を取ることのリスクとメリットを伝え、さらに経鼻経管栄養のリスクとメリットを伝えてから、息子さんの疑問に一つひとつ答え、息子さんに選択していただきました。息子さんは「こんなにきちんと話をしてくれた人は今までいませんでした。母にとって良いのは経鼻経管栄養ですかね?」と私の意見を受け入れたい様子でした。私も真剣に考えて話しましたので、責任を持って私の意見を伝えました。
この時の息子さんには「鼻からチューブを入れて痛くないんですか」との心配がありました。私は「痛くはないですが違和感があります。違和感を最小限にするために、初めは細いチューブ(4F)を入れます。少し慣れてこられたら薬も入れやすいチューブ(8F)にします。若干太くなりますかね」と実物の大きさを示しました。息子さんは実際のチューブを見て安心されたようでした。
主治医にお願いをして、医師の立場で息子さんに話をしてもらいました。医師は「胃瘻が一番肺炎にならない手段ですが、お母さんは手術に体力が伴わないかもしれないのでお勧めはしません。経口摂取は肺炎のリスクが一番高いのでこれも勧められません。経鼻経管栄養も肺炎のリスクはありますが、口から摂るよりは良いでしょう」と話されました。私も同席して、息子さんの表情が曇った部分について補足の説明をしました。
表情が曇った理由はこうです。息子さんは「経鼻経管栄養は絶対に肺炎にならない」と思っていました。私は補足説明として、食べても食べなくても、お母さんの「臥床生活で意思疎通が図れず唾液をしっかり飲むことが困難な状況」では、肺炎は起こりうることを話しました。また、経口摂取より経鼻経管栄養の方がなぜ肺炎のリスクが低くなるかも話しました。さらに、肺炎予防には口腔ケアが一番大切であることもお伝えしました。
結局、お母さんの代わりに息子さんが納得して選択をされ、経鼻経管チューブが挿入されました。実際に挿入した時には、「こんなに細いのですか」とびっくりされ、「これだと大丈夫ですね」と話されました。
息子さんの「とにかく長生きしてほしい」という意向を汲んで経管をお勧めしました。お会いして話したのが2回目だったこともあり、メッセンジャーナースとしては足りない点があります。 「ご本人の生き方」についてはご本人からは今は何も聞けない状況で、息子さんの言葉を聞いて察することで判断しました。息子さんからは、母親は教師であられたこともあり、何でも一生懸命にされる方と受け取りました。
食事を自分で取れていた母親が、次第に誤嚥を繰り返すようになり、意思表示も全くできない状態になっているのです。「少しでも長く生きていてほしい」という息子さんの思いと母親の現状は乖離してきているのです。88歳の母親が98歳になっています。これからは、自分の母親が母親らしく生を全うする治療・生き方にも目を向けられるよう、息子さんの心と向き合って対話を重ねていくことが大切になってきます。
■著者紹介

原田典子(はらだのりこ)。訪問看護認定看護師。病院で10年、教育機関で3年、訪問看護で21年の勤務経験がある。その後、10年前に訪問看護センターを開設し、開業ナースの道を歩み出す。3年前には、ショートステイ「コミュニティプレイス生きいき」を設立し、利用者の要望に応えた運営を心掛ける。その実績から見えてきたことを原田氏は次のように語っている。「ショートステイで利用者と生活をともにすることで、訪問看護だけでは見えない部分がたくさん見えてきて、よりいっそう生活の支援者として考えることができるようになりました」(看護の科学者「メッセンジャーナース」より)。
日経メディカル Online 2016年7月5日掲載
日経BPの了承を得て掲載しています
Comments