家で過ごしたい母、大きな不安を抱える娘
- mamoru segawa
- 4月5日
- 読了時間: 6分
更新日:4月12日
メッセンジャーナースの活動の紹介です。医療総合媒体の日経メディカルで、連載「患者と医師の認識ギャップ考」を展開していました。日経BPの了承が得られましたので、シリーズで掲載していきます。
第4回は、阿部静子さん(メッセンジャーナース・嘱託職員の包括ケアアドバィザー)の記事です。テーマは「家で過ごしたい母、大きな不安を抱える娘」です。
家で過ごしたい母、大きな不安を抱える娘
阿部静子(メッセンジャーナース・嘱託職員の包括ケアアドバィザー)
2016/09/01
今回紹介したいのは、80歳代の女性の患者さんです。癌のターミナル期にあり、自宅のある地域の病院に転院することになっていました。病状の予後については既に説明されていました。患者さんは最期までこの病院でお世話になると話されていたとのことで、ご自身の病気については理解されている状況でした。
しかし、私がかかわらせていただく中で、患者さんは最期まで家で過ごしたいと願っていることが分かりました。当初、面倒をみたいといっていた娘さんは、時とともに変わりゆく母の姿を見るたびに、本当に面倒を見続けられるのかと大いなる不安に駆られていったように思われました。医療者に何ができるのでしょうか?
入院した時、娘さんは自分の仕事を辞めて、自宅でお母さんの世話をすると言っていたそうです。でも、患者さんは娘さんの思いを受け入れず、病院で過ごす意志を強く示したのでした。結局、患者さんの気持ちをご家族が尊重し、入院という選択となりました。
患者さんが病院で過ごす中、夫は軽度の認知症はあるものの1人で過ごし、時々お見舞いに来ている状況でした。
私がお会いしたのは、嘱託で包括ケアアドバイザーとしての活動を開始した頃でした。病院の現場の状況を把握するために、病院のナースと一緒にベットサイドケアに入っていたのです。初対面にもかかわらず、患者さんの方から私に1時間近く話されました。私は、今思うのですが、患者さんは、自分の気持ちを誰かに伝えたかったのだと思います。
病室を訪ねると、患者さんはご自身の病気、旦那さんのこと、それから生い立ちなどについて話してくださいました。お話しの最後には、「自分が家でベッドに寝ていても、夫に指示すると、夫は私の言った通りに動ける人なの」と話されたのです。
この会話から私は、「患者さんは家で過ごすことを希望されているのでは」と気づかされたのです。この情報をすぐ看護師長に報告しました。
1カ月後、再訪した時のことです。
病室の窓のブラインドは締められた状態でした。薄暗い環境でしたので、「少し窓を開けましょうか」と尋ねました。患者さんは「目を手術しているので眩しいので、暗い方が自分としては過ごしやすい」と言われました。私は、患者さんの気持ちが落ち込んできたのではないのかと思いつつも、そのままの環境の中でお話しをしました。
患者さんは「このような暗い部屋ではなく、家には広い窓があり、明るい部屋があります。いつものソファに座っていると、目の前の道を通る人の姿が見えることがとてもいい」と話されたのです。
私はこの情報を看護師長に報告しました。ご本人は家で過ごしたい気持ちでいるのではないか――。師長と検討しました。その結果、患者さんの意思がはっきりしつつある状況を娘さんに伝えることにしました。娘さんのご自宅が病院からは遠かったため、看護師長の方から電話でお話しをしました。娘さんは、姉妹と相談してみますとの返答でした。
数日後。夜勤帯に、患者さんが娘さんに退院したいということをいっており、患者はかなり激しい口調で話されていた、という出来事があったそうです。
その後、再び訪問した時のことです。患者さんは「退院して家で過ごしたい。どうにもならなくなったら、タクシーを呼んでも病院に来るから」と訴えられました。
この情報から、看護師長は再び電話で娘さんに連絡を取りました。その中で「地域包括ケアシステムがあるので、本人の意思どおり、退院されても十分に対応はできる」と伝えました。
それから半月後に再訪すると、患者さんとの会話から、ご本人が一番心配しているのは夫のことと推察できました。患者さんは「来月に家に帰れる。娘と話した」と話されたのです。しかし、夜勤帯に激しい口調で話していた時と同様、この時も「患者は退院を希望しているが、娘は外泊という考えでいる」という状況にありました。
月が替わってすぐに、娘さんがお見舞いに来たそうです。そして、看護師長とお話しをした結果、外泊が1週目に早くなったのでした。私が訪室すると患者さんは「今週の土曜日に外泊をすることになったの。外泊なんだから」と言われました。
「今まで自分は娘に迷惑をかけたくないと過ごしてきた。施設には入りたくないと自分の意思をはっきり伝えてきた」と言う患者さんは、こうも続けました。「でも娘は、父さんの施設を探している。『今は昔と違っていい施設がたくさんあるから』と娘は言っている」。
そして患者さんは、こう告げたのです。
「でもね、私は1つだけ言わないことがある。これは絶対に言わない」。とても強い口調でした。私は、夫が今後施設で生活することに対する患者の思いなのでは、と感じとりました。
この事例では、患者さんが家で過ごしたいという、本当の自分の思いを表出したものの、娘さんが母親を思いやる気持ちとの間にずれが生じていることが根本的な問題と考えられました。
もちろん、娘さんが抱える不安も理解できます。娘さんは、だんだんと食べられなくなり、体力がなくなっていて、入院時とは変わってしまった母親の姿を見て、自分達で世話をしていけるのだろうかという大きな不安、むしろ脅威に近い思い、があるのだと感じられるのです。
看護師が初めに患者と家族に対応する時に、いかに患者と家族の思いを正確にくみ取るか――。私は、今回の事例を通じて、コミュニケーション技術が重要であるということを学びました。初期の情報により、今後予想される患者と家族の気持ちの変化を推察し、予測を持って対応していく必要性が重要と考えております。
また、メッセンジャーナースの立ち位置の難しさも知りました。コンタクトするのはあくまで病院の看護師と考えずに、メッセンジャーナースとして、直接、娘にも会えるようにしたなら、もう少し具体的な在宅療養の姿を提案できるのではないかとも思います。母と娘のそれぞれの思いのずれを紡ぎ直し、母親と娘の気持ちがつながるようにしていくことが、メッセンジャーナースの役割と考え、私は現在も継続して働きかけています。

■著者紹介阿部静子(あべしずこ)複数の看護学校看護学科の開設準備に携わり、教務主任、病院副看護部長や教育師長などを経て、現在は北海道で地域包括ケアアドバイザーとして、患者の環境整備や看護管理・業務の内容、方法、運営について助言。関係者とともに地域ケアの改革を進めている。
日経メディカル Online 2016年9月1日掲載
日経BPの了承を得て掲載しています
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