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救急車を呼んだ医師、最期まで家でと言い出せない家族

 メッセンジャーナースの活動の紹介です。医療総合媒体の日経メディカルで、連載「患者と医師の認識ギャップ考」を展開していました。日経BPの了承が得られましたので、シリーズで掲載していきます。


 第6回は、鈴木紀子さん(メッセンジャーナース・在宅看護研究センターLLP組合員)の記事です。テーマは『救急車を呼んだ医師、最期まで家でと言い出せない家族』です。


 

救急車を呼んだ医師、最期まで家でと言い出せない家族


鈴木紀子(メッセンジャーナース・在宅看護研究センターLLP組合員)

2016/11/01


 今回は、在宅での看取りを希望されたSさんの緊急訪問の場面を通し、ご家族と主治医、そして看護師のやり取りを振り返ってみました。


 主治医からの紹介を頂き、訪問。ご家族から、本人は病院が嫌いでずっと家で過ごしたいと話していたとうかがいました。また、自分達も、家で過ごしてほしいと思っているけれど、食べることも難しくなり、これからどうなるか不安に思っているとも話されました。


 訪問開始後穏やかに過ごされる中でも徐々に容態悪化が進み、ある夜お嫁さんから「息苦しそうにしている」と緊急電話が入りました。私も伺うことを伝え、主治医に連絡。主治医が到着した時には、口唇チアノーゼが見られ血圧も測定不能な状態でした。主治医は家族にかなり容態が悪いと説明され、その時の家族の様子から、これ以上は家族が看ることは無理だろうと判断し、救急車を要請して帰られたそうです。


 少し遅れて訪問した私にお嫁さんはその時の様子を話してくれました。「さっき先生が急車を呼ばれて。でも病院はお母さんが…」と言いながら何をどうしたら良いか考えられない、といった様子がうかがえました。


 私は、ご本人の容態を見て、病院に搬送しても救命が難しいかもしれないこと、また救急外来では点滴などの延命治療が行われるだろうと思いました。


 家族は、主治医から今の状態についての説明を充分に理解できていないためか、「迷いがあるが、救急車を呼んでくれた主治医へ遠慮もあり、どうして良いか分からない」という状況にあるのではないかと思いました。


 そこでお嫁さんに「お母さんは病院が嫌いな方で、皆さんも家で看たいと仰っていましたね。でも今辛そうでこれからどうなるのか不安に感じていらっしゃるのですね」と問いかけました。


 これには「そうなんです」としっかりとした返事がありました。「先生に相談して見ましょう」と伝え、私はその場から主治医に電話をしました。


 私は先生に、ご家族が本人を病院に連れていくことを迷っている、と伝えました。また、ご家族は今の容態と、病院に行ってどうなるのかということに不安が強いことも話しました。そのためもう一度往診して頂き、今後のことも含めて、家族に話してほしい旨を伝えました。


 そうしている内に救急車が到着。直ぐ酸素が開始されました。救急隊からは状況が悪いため病院に到着後、救命処置が必要になるだろうと説明がありました。その言葉を聞いていたお嫁さんの表情が硬くなり、ちょうど帰宅したご主人に救急隊の言葉を伝えていました。


 でもその頃には、ご本人の様子は口唇色も改善し表情も穏やかになり、その様子を見て家族は「おばあちゃん、楽になったね」と声をかけることができるようになっていました。私は、少し落ち着かれた表情の家族の様子を確認し、救急隊の方に、ご家族が病院へ行くことを迷っていることと、主治医がもう直ぐ来て下さるので少し待って頂きたいと伝えました。


「あの時、家族と話すことができて良かった」


 主治医が到着。診察後に家族と話して下さいました。ご家族に「お母さんはかなり容態が悪いので病院に行っても助かる可能性はほとんどないだろう。また病院に行けば挿管・点滴などをすることになるだろう」と説明されました。ご家族はそれを聞き、「点滴はしたくないって…、おばあちゃんは家が良いって…、長くなると私も難しいけど、そんなに苦しくなくてこんな風にいてくれるのなら看護師さん達にも看てもらって…。先生に迷惑でなければ、主人も私もこのまま家で看たいのです」とおっしゃり、かたわらではご主人も頷いていらっしゃいました。先生は、救急隊に家族の言葉を伝えて下さり、了解が得られました。


 玄関まで送って下さったお嫁さんは「あそこで声をかけて頂かなかったら、どうしようかと思いながらも病院に行っていたと思います。おばあちゃんは家に居たいのに。でも先生が救急車を呼んで下さったから先生に悪いと思って。でももう一度先生の説明を主人と一緒に聞いて、病院に行っても駄目なら、おばあちゃんは家の方が良い人だからこのままでいいって思いました」と話して下さいました。それから3日後、Sさんは家族に看守られ穏やかな最期を迎えられました。


 訪問が終わり先生の所に挨拶にうかがいました。その際、「僕は、緊急往診の時に様子を見ていて家族が家で最期まで看るのは難しいと救急車を呼びました。急でしたからね。でも(あなたから)電話を受けて、もう一度うかがい、家で看たいという家族の気持ちを聞くことができて。そうして最期まで家で過ごせましたね。あの時、家族と話すことができて良かった」と仰っていました。


 今回の事例を通して、私は家族の言葉・表情の変化に目を向けるだけではなく、看護師としての判断をもとに、医師にどう伝えるかを考える機会になったように思います。しかし限られた時間の中で、家族と医師との懸け橋になるためには、コミュニケーションの技術を磨くこと、看護師としての知識などが必要で、これからも研鑽を続けて行きたいと思います。


■著者紹介

鈴木紀子(すずきのりこ)

公立病院での訪問看護師、その後行政での訪問看護指導員を経て、在宅看護研究センターに入社。在宅での療養者・家族の方と出会う中で、看護に求められる想いを受け止め、『素手の看護』を大切に実践を続けている。


日経メディカル Online 2016年11月1日掲載

日経BPの了承を得て掲載しています

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