医療者は認知症家族との暮らしが分からない
- mamoru segawa
- 1 日前
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メッセンジャーナースの活動の紹介です。医療総合媒体の日経メディカルで、連載「患者と医師の認識ギャップ考」を展開していました。日経BPの了承が得られましたので、シリーズで掲載していきます。
第7回は、倉戸みどりさん(メッセンジャーナース・がん相談員)の記事です。テーマは『医療者は認知症家族との暮らしが分からない』です(ご略歴などは執筆当時のものです。ご了承ください)。
認知症の奥さんが胃癌に、手術に悩むご主人
医療者は認知症家族との暮らしが分からない
倉戸みどり(メッセンジャーナース・がん相談員)
2016/12/02
Kさんは80歳代で認知症を抱えた女性です。吐血と黒色便、ショックで救急搬送され入院、胃癌と診断されました。根治切除可能との説明を受けたご家族でしたが、患者さんが認知症であることから、手術を行うのが良いのかどうか迷い、外科の診察と同時にがん相談支援センターでも相談したいと希望されました。
受診当日、私は外来看護師から、(1)Kさんに体温計を渡すと、体温計で紙に文字を書くような素振りをした、(2)付き添っていたご主人が「(家内は)認知症です。一人で外に出て行ってしまうこともあります」と話された、などの情報を得ました。そこで診察の前に、私が面談することになりました。
ご本人は車いすに座り、私が挨拶をするとニコニコと笑顔を見せてくれました。ご主人に挨拶をすると、「手術をしたくないとかではなくて、今の状態から手術をしたらきっと食事が食べられなくなったり、寝付いたりしてしまって、私では介護ができなくなってしまうと思うのです」と話されました。
医師は胃癌と診断し、遠隔転移などなく根治切除可能な病期であると説明しました。しかしご主人は、手術すべきかどうか迷い悩んでいたのです。私は、ご主人の「手術をしたくないとかではなくて」という言葉の裏に潜む心情に耳を傾ける必要性を感じ、「これまで入院した1週間をご主人自身はどのように見て、どのように感じていましたか」と尋ねました。
するとご主人は、Kさんが点滴を自分で抜いてしまったこと、筋力が落ちたように思うことなどを話されました。加えて、今後また手術になった場合、治療について理解できない本人は、抑制されたりすることで加療の継続が難しくなるのではないか、と思っていると話してくれました。また、食事摂取が十分にできなくなるのではないか、現在は声掛けでできている排泄行為が全介助になるだろう――などと心配な点も話されました。そして、「今は痛みもないし、食事も食べられているので、手術はやらなくても良いのではないか。看護師さんは胃癌の病気のことは分かっても、認知症の家族と一緒に暮らすことは分かりませんよね」と遠慮気味に、しかし、ハッキリとした口調でおっしゃいました。
看護師の私にだから発した言葉、医師の前では出てこない言葉といえます。患者家族にとって医師は、診察・診断・治療する特別の存在であり、自分の迷いや苦悩を語れない人が多いのです。暮らしを知って心に寄り沿うメッセンジャーナースの役割がここにもあります。
7年間、認知症の妻の生活全般を支え、手術することの判断を迫られているご主人の気持ちを察した私は自分自身の経験を話しました。「ご主人、実は、私の母親が認知症でした。30秒前に話したことを何度も繰り返したり、真夜中でもいつでも時間の感覚なく行動したりすることは分かります。私も認知症の母と一緒に暮らしていましたから」と。面談時などには余程のことがない限り自分自身のことについては話さないのですが、ここでは自己開示も必要と判断しました。
「えっ、そうなんですか。これだけは認知症の家族を持つ人でなければ分かりませんよね」。ご主人の表情が少し和らぎ、「介護保険では、本人の食事は作るけれど私の食事は作れないというので、私が3食全てを作るのです。先生にお聞きしたら、食べていけないものはないと教えていただいたので、食べやすく、消化の良いものを作ります」と続けて語ってくれました。
そこで、日々の献身的な介護を続けるご主人に対し、労いの言葉を掛けつつ、今後の対応などについての希望を確認するため、癌の現在の状態で起こりうる変化を説明しました。外科手術については、私との面談後に医師が説明することを伝えました。その上で、手術を行わなかった場合には前回吐血されたように今後も再度出血する可能性があること、癌の病態により進行してくることから起きてくる身体への影響などについて簡単に伝えました。するとご主人は、「寿命というものがあると思います。60年近く連れ添ってきましたから、今、私ができることはしたいと思います。ただ、やはり一緒にいる女房なので、痛いとか苦しいとかということはないようにしたいと思います」と穏やかな口調で話されました。
その後、医師が同席して診察・面談が行われました。「7年前から認知症で、日常生活全てをご主人が支えて過ごされています……」と、ご主人から伺っていたこれまでの経緯を、私が代弁して伝え、医師の説明がより理解できるよう、ご主人の気持ちが医師に伝わるよう、双方の懸け橋になることに努めました。
医師から説明を受けたご主人は、「今の先生のお話で良く分かりました。他の先生からのお話は聞かなくて大丈夫です。ありがとうございました」と、言葉のテンポも軽快に笑顔を見せてくれました。
手術を受けるために再入院させるべきなのか。退院後、今まで通りの生活を送ることができるか――。こうした問題を真剣に考え、悩んでいたご主人。医療者は、そうした様々な心の葛藤に向き合い、ともに今後の方針を考えていくことが必要と、この事例を通して改めて感じたところです。

■著者紹介
倉戸みどり(くらと みどり)
現在、がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターのがん相談員、メッセンジャーナースとして、日々、がん患者・ご家族の相談対応の役割を担っております。
日経メディカル Online 2016年12月02日掲載
日経BPの了承を得て掲載しています
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